『多田ワイナリー』オーナーが語る、ワインとの邂逅

北海道『多田ワイナリー』オーナーの多田繁夫さんが語る、ワインとの邂逅。寒さと美味しさがせめぎ合う、日本ワイン北限の地でのブドウ栽培とは?

ワイン造りとの出会いから、実行に移すまでは実に40年の月日が。一度は封印した、ワイナリーの夢

北海道のほぼど真ん中に位置する上富良野の大地で、ブドウ栽培と醸造を手がける『多田ワイナリー』の多田繁夫(ただしげお)さんにインタビュー。ワインの美味しさはもちろん、多田さんの人柄に魅了されるファンも多い、自然派ワイナリー誕生のきっかけとは?

wa-syu:多田さんが代表を務められる『多田農園』は、たいへん歴史がある農園だと伺いました。
多田繁夫さん(以下多田・敬称略):明治34年に祖父母が兵庫県からこちらに移り住みまして。私が3代目です。空知郡上富良野町というところなのですが、うちが入植する4年ほど前に、この地に第1陣が入植していますので、本当に初期の方です。農園の方は長い年月の中で、時代とともに変わっていったのですが、今は無農薬のニンジンを作っています。あとはいろいろな野菜を、やはり無農薬で作っていますが、ウチは夏期にペンションもやっていますので、そちらで出す野菜も30種類ほど作っています。

wa-syu:ワイナリーは多田さんの代で始められたということですね。ワインとの出会いは、どのようなものだったのでしょうか。
多田:遡ると、今から40年以上前に、ある本に出会いまして、それでブドウを作ってワイン作るという、そういった農業の存在を知りました。その後しばらくは、いろいろと関心を持って調べたりしていたのですが…。20代後半のころ、1980年代当時は、北海道にはまだワイナリーはほとんどなくて。有名なのは1963年開設の『十勝ワイン』と1972年開設の『ふらのワイン』、あとは1974年の『北海道ワイン』ぐらい。もっとあったのかもしれませんが、今みたいにいろんな情報が手に入る時代ではなかったし、なんとなく夢だけで終わってしまった。その後、ワイナリーのことは自分の中で封印していました。

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多田:2006年にはアメリカに行く機会があって、たまたまナパ・バレーに行くことになりました。初めてサンフランシスコに行ったのは、まだドルが固定相場だったころの20代前半だったので、実に30年ぶりのこと。せっかく行ったので向こうの農業も少しは見てみようか、2月なのでワイナリーくらいしか行くところがないね、というぐらいの軽い動機で選んだナパ・バレーだったのですが、やっぱり20代のころの課題がまだ心に残っていたのかもしれません。下から上まで、小さなワイナリーに目星をつけて、慣れない坂を上ってたくさん回りました。それもおそらく無意識のうちですが、将来何かの役に立つかなっていう気持ちがあったのだと思います。
それでもまさか、自分がワイナリーをやるなんて全く思ってもみなかったのですが、偶然の出会いから、2007年にピノ・ノワール700本を植えることになったというのが、ワイナリーを始める直接のきっかけです。

自分でも思ってもみなかった、偶然の出会いが重なって。動き出した、ワイナリー設立への第一歩。

wa-syu:ブドウを植えることになった偶然の出会いとは? 何があったのでしょうか?
多田:いろいろな偶然が重なったのですが…。ナパ・バレーへの旅を終えた翌年、知人の病気見舞いに、家内と一緒に車で苫小牧にいったんです。だいたい車で3時間かかるんですが、帰りには行きと違う道を通ってみようということになり、岩見沢というところを通りました。このあたりに新しく農家ワイナリーができたらしい、と聞いていたので、このあたりなのかなーと思いながら走っていたら、"ワイナリー"の看板を見つけたので入ってみました。
結果的に、そのワイナリーは、行こうと思っていたワイナリーとは違うところだったのです。でもそこの社長さんがたまたま外出から戻ってきて、いろいろと説明してくれるなかで、ピノ・ノワールを植えてくれませんか?という話になって…。この偶然がなければ、ワイナリーは始めていなかったと思います。しかも、一週間ほどじっくり考えたのですが、断ろうと決めていたんです。
wa-syu:断るつもりだったのですね!それがなぜ、栽培を始めることに?
多田:一週間後の朝、断りの電話をしようと思っていたんです。そうしたらちょうどそのタイミングで、地元の知り合いが訪ねて来て。"ワインだったら、いま多田さんが作っている有機の野菜なんかとも相性がぴったりだし、是非やってみるべきだ"とか、いろいろと説得されまして…。たまたまお見舞いの帰りのコースを変えて、たまたま入ったワイナリーの人から話をいただいて、たまたま地元の友達から背中を押されて…。どれひとつ欠けても、ワイナリーをやることはなかったと思っています。

wa-syu:そもそも、お酒はお好きなのですか?
多田:アルコールは体質的に弱いんです。たしなむ程度で、少し飲めば楽しい、くらい。今は、私もテイスティングや最終的な判断はしますが、ソムリエの方や料理のことがわかる優秀なアドバイザー、そして4代目となる息子や娘の意見も聞きながら、納得するまで話し合っています。

広大な土地と、素晴らしい自然。そして、厳しい寒さが多田さんのワインを育む

wa-syu:上富良野という土地は、多田さんにとってどのようなところですか?
多田:何十年もここの土地で、山に囲まれながら畑仕事をし、生活しているのですが、この風景は見飽きることがありません。やはり美しいなあ、と感じます。富良野盆地は、東京で言うと山手線がすっぽり入るぐらいの大きさなのですが、東側には2000メートル前後の山が18キロぐらい続いていて、反対側にもやっぱり1900メートル級の山があって、ものすごく美しい。寒くて晴れた日は、本当に白鳥のような純白の山が見えるんです。うちでは障がいを持った人たちが働いていて、年間を通して毎日来てくれているんですが、よく一緒に「綺麗だね」って話しています。まるで日本ではないようなところです!
wa-syu:やはり、冬の寒さは厳しいのでしょうか。
多田:富良野市は北海道のへそと言われていて、ちょうど北海道の中心点があるんです。一番の真ん中、内陸ですから、やっぱりものすごく寒いんですよ。3、4年に1回はマイナス30度超以下になります。
うちの畑はピノ・ノワール、メルロー、シャルドネの3品種がメイン。もう13年ほど収穫していますが、気象の専門家が調査に来て、「この土地でブドウ栽培ができているのは、実はすごいことなんです」って言っていました。ワイナリーを始めた2007年頃は、うちが日本で最北端のワイナリーだったのですが、今はもう少し北にも設立されたようです。

多田:以前、まだ若かったメルローの樹が寒さに耐えられず、全滅してしまったことがあります。マイナス23度の寒波が来た年で、北海道に来たばかりのブルース・ガットラヴさん(現:10Rワイナリー)に醸造してもらう予定だったのですが…。余市でブドウを栽培している人からアドバイスをもらって、それからは雪を集めて木の幹をすっぽり覆うようにかぶせて、冬を越させるようにしました。重労働ですが、外気よりも雪の中のほうが暖かいので、そうすることで凍害を防げるのです。
全滅してしまったメルローも、雪に埋もれていた部分は生きていたので、そこからまた芽が出て復活したんですよ。

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この地だからこそ生まれる、かけがえのない"きれいな酸"

wa-syu:厳しい自然との共存ですが、それでもこの土地でブドウを栽培することのメリットとは何でしょうか?
多田:ソムリエさんなどに、“多田さんのところのワインは酸がきれいですね”と言っていただくことが多いです。決して栽培がしやすい気候とは言えませんが、酸がきちんと残る寒さであり、なおかつ栽培が可能な寒さだという、ギリギリのラインなのだと思います。
土壌としては、大昔、川だったか、大洪水で水が流れた名残のようですが、何層かに分かれて石がたくさんある土地です。元来、農業をやっているうえでは、畑に石が多いというのは致命的なんです。ところがナパ・バレーを見学したら、もう石だらけの畑で。カルチャーショックでしたね! マイナスだと思っていたことが、プラスに働いている。この衝撃は大きくて、なるべく石の多い畑を選んでブドウを植えていきました。除草剤、化学肥料は一切使用していません。

多田:そんな土地柄で、美しい景色もあって、なかなか良いブドウができる。じゃあこのブドウの樹を増やすのか?となると、初めは迷いもあったわけです。これ以上増やすと人手も必要になってくるし、もともとワインが好きで始めたことではないので…(笑)。ところが、障がいを持った人たちに働いてもらうことで、ブドウ畑も増やせるし、彼らの雇用も守れるということが判ってきました。彼らが冬期も働けるように設備投資もして、今では繁忙期だけではなく、年間を通して働いてもらっています。ブドウもたくさん収穫できて、ちょっと委託醸造では間に合わなくなってしまいました。それで、酒造免許を取ることにしたのです。

師と仰ぐのは、自然派ワインの立て役者、ブルース・ガットラヴ氏。

wa-syu:醸造に関して、師匠と呼べるような人はいますか?
多田:やはり、ブルース・ガットラヴさんです。委託醸造を始めた頃は、ブルースさんはまだ北海道に来ていなかったので別のワイナリーさんにお願いしていたのですが、それぞれみなさんでやり方が違うというのも知らなかったんですね。それでブルースさんに出会って、基本的には野生酵母で発酵させるとか、最低限のSo2しか使わないとか、そういったスタイルを知って。
wa-syu:いわゆる自然派ワイン、ナチュラルワインですね。
多田:そうですね。そういった自然な造りのワインのほうが圧倒的に消費者からの反響も大きかったので、自分のワイナリーでワインを作るときは、その方向性にしようと考えていました。うちからブルースさんのところ(岩見沢市)に行くまでには車で往復4時間かかるのですが、醸造担当者が通って勉強させてもらったり、データを送って判断を仰いだり、師匠にはお世話になりました!
『多田ワイナリー』の全ての銘柄は野生酵母で発酵させているので、酢酸菌などの混入を防ぐために、ブドウの選別も厳しく行っています。劣化した果実は畑の段階からピンセットを使って取り除いたり、ベルトコンベアでもしっかりとチェックしてから醸造。亜硫酸塩は品質を保持する責任上、ビン詰めの時に必要最小限使用しています。

wa-syu:多田さんは、ご自分のワインをどんなふうに飲んでもらいたいと考えていますか?
多田:実は、ブルースさんに委託醸造をお願いしたとき、ちょうど同じような質問があったんです。多田さんはどんなワインにしたいですか?って。そのときに「夕食の時に飲むと、1日の疲れが取れてリラックスできるようなワインがいいです」と答えたら、「わかりました」って答えてくれたんですね。経験が豊富でないとなかなかそんなふうに自在に醸造できないなと思いつつ、流れに身を任せてやってきたというか…。
今は夏期の宿泊施設もやっていて、ワインのある宿として少し知られるようになってきています。畑で採れた完全無農薬の野菜や、キャロットジュース、地元のソウルフードである豚のサガリのバーベキュー、リンゴ園で採れたリンゴのデザートなどが楽しめます。また、自由に弾ける"農園ピアノ"も置いたりしています。飲み手の健康志向はますます強くなってると思いますので、うちのような活動や、自然派ワインの存在も知っていただけたらいいな、と思います。

写真左から:
2022 ミュラー・トゥルガウ ペティアン・ナチュレ/3,520yen(税込)
2022 ピノ・ノワール ブラン・ド・ノワール/4,950yen(税込)
2022 ミュラー・トゥルガウ オレンジ/4,180yen(税込)
シャルドネ セレクション 2021/5,060(税込)
2022 バッカス/3,960yen(税込)

多田ワイナリー
北海道空知郡上富良野町:(有)多田農園

北海道のほぼ真ん中の位置、寒暖の差の大きい富良野盆地で、野生酵母による自然な造りのワインを手がけているワイナリー。1901年(明治34年)から代々引き継がれ、現在はワイン用ブドウ、にんじん、とうもろこしをメインに栽培している「多田農園」が運営しています。代表取締役は多田繁夫(ただしげお)氏。2016年のワイナリー開設のきっかけとなった「ピノ・ノワール」を中心に、その大地で元気に育ったブドウを、ひと粒ひと粒手作業で収穫。野生酵母によるワイン造りは手間もかかりリスクも伴いますが、その土地そのものを感じることができる、大変特徴的なワインを生み出しています。 また、多田農園では、ワイン造りのほかに、自社畑で栽培したにんじん、梨、ブドウを使ったオリジナルジュースの製造・販売をはじめ、プチペンション田舎倶楽部の運営もおこなっており、作物づくりを中心に、加工や体験、宿泊などを通して「こころとからだにやさしい食と暮らしを提案する農園」を目指しています。

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日本ワインで、日本をもっと深く知る。
エリア別ワイナリーガイド

日本の感性と職人技を生かした名品が次々と誕生し、国内外の食通を惹きつけながら、進化し続ける日本ワイン。南北に長い日本列島の各地で栽培・収穫されたブドウのみを使用し、日本国内で製造された「日本ワイン」は、その地域の気候や品種によって性質もさまざまで、そのため多様性に富んだ味わいが特徴です。北は北海道、南は九州・沖縄まで。日本全国より、wa-syuが厳選した50以上のワイナリーをエリア別ガイドでご紹介します。

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